海外事業拡大の鍵は「ヒト」「時間」「仕組み」
講師インタビュー
グローバル人材育成ニュース
海外事業のプロフェッショナル講師による
経験に基づく活きた知見をご紹介
山下 雅史
1974年 富士ゼロックス株式会社入社。名古屋支店長、本社商品推進部長などを歴任。2003年 元タイ富士ゼロックス株式会社代表取締役副社長。2007年「日タイ・ロングステイ・ネットワーク」を設立し、タイ国政府観光庁から後援を頂き、タイ国での日本人シニアのロングステイの啓蒙と普及の為の活動を開始。
2013年屋号を「日タイ・ロングステイ&ビジネス・ネットワーク」に変更。日系企業向けのタイ赴任前講師及びタイ国進出サポート活動にシフト。延べ1,500人以上の受講実績を持つ。
私は53歳の時、初めての海外赴任でタイへ行きました。元々海外畑だったわけではなく、新卒で富士ゼロックスに入社してからは営業として、それなりの営業成績を上げてきました。その後、上司に「マーケティングや企画を勉強してみては」と勧められ、本社へ異動。カラー複合機販売戦略を立案し国内シェアトップまで引き上げた後、「そのノウハウを海外へ広げて欲しい」と言われ、アジアを始め、米国、欧州などを周りました。
その後、全商品のマーケティングも担当するよう内示を受け「さあスタートするぞ」という時にまた上司に呼ばれ、突然「タイへ赴任してくれないか?」と言われたのです。その時は「なぜ、この時期に自分が?」という気持ちでした。約10年という残りのサラリーマン人生のイメージができていたのに、全部ご破算になりました。
タイの富士ゼロックスでは副社長として着任。社長は新任のタイ人でしたが、学者肌でマネジメントが苦手だったこともあり、実質トップとして経営しました。私から見ると、タイのビジネスはまるで5年前の日本。初めは日本での経験や成功体験をそのままタイ人にやらせようとしましたが、うまくいきませんでした。その失敗に気付いてから、現地の人との関係性が変わりました。駐在して3年。まだやり残したことがたくさんある中で組織替えがあり、後髪を引かれる思いで帰国しました。
そこから定年や残りの人生を考えるようになりました。タイに行ったのも何かの縁と思い、リタイアした日本のシニア向けにタイにロングステイする支援活動を始めました。さらに、タイでの経験等をまとめ、「タイ赴任前研修」をスタート。現在は、企業の海外進出支援組織やコンサルティング会社とも提携し、各方面でアドバイザー業務や研修講師をしています。
話を聞くと、中小企業に勤めている人は、ほとんど赴任前研修を受けないでタイへ行くんです。私は日本だけでなく、数年前からタイでも研修をやっていますが、受講者はこうした研修を受けていない方々ばかりなんです。着任して3年経ってもまだうまくいっていないので、「基本を勉強しに来ました」と受講される方もいます。もう少し早く、多少なりとも知識を持っていれば、無駄な半年や1年を過ごさなくていいわけです。そうした理由から、インサイトアカデミーと一緒に役に立つものを作っていければと思い、参加することにしました。
「国別駐在員研修タイ編」を担当しています。タイへ赴任される方だけでなく、赴任した方にも見ていただきたい講座です。現地へ行く前に「タイは良いところだ」と言われても不安があると思うんですよね。この講座では、日本とは違うタイ人のマネジメントのエキスを集約して説明しています。見ていただくと、漠然とした仕事のイメージにリアリティが加わって、これからおこなうビジネスやミッションが浮かんで来て、しなければいけないことが整理されると思います。
また、ご家族を帯同される方も多いですが、赴任される方が不安だと、ご家族が不安になります。赴任される方が覚悟を決めて、「新しくこういうことをやっていくんだ」とか「こんなことができそうで、自分の実力が発揮できそうだ」と思うと、ご家族の方も安心します。そういう不安を払拭するのに役立つと思います。
どの企業も赴任先で苦労したことを整理して、会社に蓄積するという仕組みができていません。そのため、「海外へ行ってくれ」という内示を受けた時に、説明が不十分で、「なぜ日本でしかビジネスをしたことのない私が?」という気持ちになることが多いです。「まだ国内でやることがあったのに…」と、頭や心の切り替えができないまま、翌月には現地へ行くことになるため、不安があるわけです。
私は赴任前研修で、タイはそれ程不安になる状況ではないことを伝えつつ、現地では「コミュニケーションの壁」や「異文化の壁」があって、それをどう乗り越えたら良いかを話します。そうすると赴任する人の気持ちが変わります。日本・タイの文化の違いに早く気づくためにも、こうした研修は必要です。
今まで日本での経験、成功体験を現地でそのままやろうとすると失敗します。例えば、タイの人は、目上の人に対して「できません」と一切言いません。何を言ってもニコニコしながら「やります」と返答してきます。私は「日本だったらこうだぞ」ということをよく彼らに言っていたのですが、着任して半年以上経っても何1つうまくいきませんでした。
タイへ赴任して1年経った時に、「タイ人から見た日本人駐在員」という研修が現地でありました。その時に初めて「ここはタイなんだ。日本じゃないんだ」と気付き、目から鱗が落ちました。タイ人にとっての理想の社長は、冷静で、怒らない、いつもニコニコしていて、高貴な人。私は「こんなレベルで良いのか!」と人前で叱ったり、「俺の背中を見てついてこい!」という対応をしていたのですが、それではうまくいかないことがわかりました。
また、日本は先進国でブランド力があり、“Japan as No1”と呼ばれた時期もありましたが、今はアジアの企業が成長してきて、企業のレベルも製品のクオリティも上がってきています。日本にいるとそこに気が付きません。これまでは「シーズ」と呼ばれる技術力やノウハウを現地へ持っていけば良かったのですが、今はアジアの企業が台頭してきているので、現地の「ニーズ」に合わせたモノを作る必要があります。タイの人たちはどんな生活をしているのか。どんな環境で、どのような価値観を持っているのか。どこに私たちが解決できるところ、お役に立てるところはあるのだろうか。そんな視点を持つことが大切です。そこに初めて商品やサービスが生まれると思います。
タイの人はお菓子を食べたり、会話をしながら仕事をします。日本人からすると「仕事中に何をやっているんだ」と思うかもしれませんが、タイの人にとっては「仕事をしているのに、何がいけないの?」という感覚です。反対にタイ人が日本に行って驚くのは、タバコ部屋へ行って30分帰ってこないとか、昼間は仕事しないのに夜遅くまで仕事をするといったこと。「日本人は、真面目に仕事しているようでしていない」と言う人もいます。タイの人は和気あいあいと仕事をしますが、これは文化の違いです。もちろん仕事の生産性がマイナスになっているようであればきちんと話をする必要がありますが、そうでなければ何も言いません。これが「容認」するということです。
「異文化理解と容認」とは、ある意味、私たちが経験していない新しい価値観ややり方を彼らから学ぶことだと思います。海外でやっている良いことを勉強することだと理解しています。
実は、良かれと思った日本のやり方が、警察に訴えられてしまったというケースがありました。ある会社の日本人の工場長が、教えてもなかなかうまくいかないタイ人の生産ラインのマネジャーに対して、「頑張れよ」と言ってポンと体を叩いたんです。日本であればそれは励ましの意味で、その後「わかりました。すみません」「今日は飲みにでも行くか」なんていう会話になりそうですが、タイ人からすると体に触れることや、たとえ軽くても叩くことは暴力なんです。日本では良いだろうと思ったことが警察沙汰になったりすることもあることを覚えておいてください。
また、タイ人はつながりを大事にする国なので、労使関係がうまくいかなくなってキーマンが不満を募らせて辞めると、その舎弟、友人は皆会社を辞めていきます。異文化マネジメントについて勉強しないと、そういうことになり得るので注意が必要です。
一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生の「形式知」「暗黙知」という言葉を私なりに整理すると、海外に関する本を読むとか、WEBを見るのは「形式知」。これは歴史や文化を学ぶ上では大事なんですね。赴任前はまだ現地のビジネスを経験していないので、体験者から「こういう失敗をした」「こうやってうまくいった」といったことを学ぶことが必要です。これが「暗黙知」です。そして、実際に赴任をして、自分で実践してみることが「実践知」になります。赴任前、難しければ赴任後でも良いのですが、まずは「形式知」を得る。先輩方から「暗黙知」もいただく。そして現地で修羅場をくぐることによって、「実践知」になります。もし、実践していて不安になったら、インサイトアカデミーさんが提供している講座をもう一度見て、またトライする。これがグローバルビジネスを推進するスキルになると思います。日本へ戻ってきた時には、これらの「知」を新しい目で会社の役に立てていくことが大切なのではないでしょうか。
そのためにも、現地で経験を積んだ人を会社が無駄にしない環境を作ることが必要です。タイから帰ってきた人の中には、辞めてしまう人が多いんですね。様々な「実践知」を重ね、修羅場をくぐって、いろいろなノウハウを持って帰ってきたのに、海外経験のない上司の下に送りこまれて、それを活かせないということが起きています。海外赴任をして、一回りも二回りも大きくなった方を日本でどう活かすかが課題です。その体制がないため、社内にノウハウがたまらないと言ってもいいと思います。
タイへ行くと壁があります。その壁を1つずつクリアーしながら、自分が持っているノウハウを現地にきちんと伝えてきてください。駐在員が帰国しても、タイの人が企業に対して愛着心を持ち、「私たちがこの会社をもっと大きくしていこう」という気持ちにさせるような関わりをしていくのがベストです。日本人はお手伝いをしますが、実質企業を育てていくのは、現地にいるタイ人の皆さんです。駐在員が来て、かきまわして帰る会社は育ちません。ぜひ、うまくタイ人を育てる体制を作ってください。
インサイトアカデミーの講座は、赴任する方はもちろん、日本で仕事をしている人にとっても非常に役立ちます。グローバル化が進む今、視野を広げるための入り口になると思います。ぜひ、その価値があると思って見ていただければ幸いです。
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