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タイ駐在員にタイ語は必要?英語とタイ語をどこまで学ぶべきか|実務の場面から解説

「タイに駐在するなら、タイ語は必要なのだろうか」。赴任が決まった方の多くが、一度は立ち止まって考える問いではないでしょうか。

先に結論の方向性をお伝えします。英語があれば、会議・報告・数字といった”仕事の骨格”は、ある程度まで回っていきます。

一方で、現場の信頼や、部下・お客様の”本音”にまで届こうとすると、タイ語と、その背景にある異文化理解が大きな助けになります。

この記事では、タイ駐在員の方が英語とタイ語をそれぞれ「どこまで」学べばよいのかを、公開統計と実際のビジネス場面、そして異文化理解のフレームワーク「カルチャーマップ」を手がかりに、できるだけ具体的に整理していきます。

ご自身の役割で何を優先すればよいのかを考える材料になれば幸いです。まだ迷っておられる段階であれば、語学の無料トライアルで、ご自身に必要な範囲を実際に体験してみるのも一つの方法です。

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海外赴任の語学で、多くの人がつまずくところ

海外赴任の語学は、スタートラインが人によって大きく違います。英語にまだ自信がない人もいれば、日常会話は問題ない人もいます。それでも、赴任が近づくと共通してぶつかる壁があります。

● 何を・どこまで学べばいいか分からない
英語かタイ語か、どの場面で要るのか、赴任までにどこまで上げればよいのか。優先順位が見えないまま時間が過ぎる。

● 英語にまだ自信がなく、間に合うか不安
ほとんど話せない状態から始める人も多い。基礎からどう積み上げれば、赴任後に困らないレベルに届くのかが分からない。

● ある程度できても、ここぞで頭打ち
通常業務はこなせても、関係構築・交渉・抽象的な議論になると、とっさに言葉が出ない。これは、実際に海外で成果を出してきた受講者からも聞く声です。

● 英語を話すこと自体に心理的な負担がある
間違いや聞き返しをためらい、自分から踏み込めない。会話のたびの小さなストレスが積極性を奪う。

● 教材・学習法が多すぎて選べず、続かない
教材はあふれているが、自分に合うものが分からず習慣にならない。弱点と次の一手も、一人では整理しにくい。

● 文化や現地スタッフとの関係づくりでつまずく
日本のやり方をそのまま持ち込んでも通じない。言葉だけでなく、伝え方や距離の取り方も現地に合わせる必要がある。

伸びるかどうかは、教材の量や難しさより「合っているか」で決まります。
鍵は2つ。自分の目標・役割・駐在状況に合った担任講師——日本語と日本文化を理解し、赴任先の文化も踏まえて教えられる講師——と学べること。そして、生活と語学レベルに合わせた教材・宿題で、忙しくても楽しく続けられること。

INSIGHT ACADEMYは、この2つを、ゼロから始める人にも、伸び悩む人にも合わせて、担任制と個別設計で実現します。

本記事では、タイを例に、英語とタイ語を「どこまで」学べば困りにくいかを整理します。

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タイ駐在員にタイ語は必要か:まず「英語とタイ語の役割の違い」から

英語かタイ語か、という二者択一で考える必要はないでしょう。二つは、担っている役割がそれぞれ異なるためです。

英語は、いわば公式ルートの言語です。経営会議、本社への報告、数字や資料のやり取りといった、記録に残る場面で力を発揮します。

これに対してタイ語は、非公式ルートの言語と言えます。現場での声かけ、雑談、根回し、本音、そして信頼関係。表には出にくいけれど、組織を実際に動かしている部分です。

そして、この二つと並んでもう一つ欠かせないのが異文化理解です。同じ言葉を話していても、その言葉が持つ意味や、沈黙の背景にある考え方が読めないと、意図がすれ違ってしまうことがあります。

この点は、記事の後半でカルチャーマップを使って詳しく見ていきます。

データで見る:タイの英語事情

まず、タイの英語力を公開データで確認しておきましょう。*1*2

指標 タイの数値 参考
EF EPI 2025(英語能力指数) 402点/世界116位 世界平均 488点/日本 96位・446点
TOEIC L&R 国別平均(2024) 546点 日本 564点/インドネシア 468点

タイの英語力は世界116位・非常に低い(EF EPI 2025)

EF EPI(英語能力指数)とは:EF Education First(本部スイスの国際教育機関)が2011年から毎年公表している、世界最大規模の英語力比較調査です。2025年版は第15回で、世界123カ国・地域の成人の英語力をスコア化し、ランキングにしています。そもそもEF EPIは、英語を母語としない国・地域を対象に、その英語力を測るランキングです(すべての国・地域を網羅するものではありません)。スコアに応じて、上から「非常に高い/高い/標準/低い/非常に低い」の5段階に区分されます(600点以上が「非常に高い」で、以下スコアが下がるほど下位区分になります)。読む・聞く力に加え、2025年版からはAIによる話す・書くの自動評価も導入され、「AI時代に広がる英語格差」をテーマに掲げています。(※EFのオンライン英語テスト受験者のデータに基づくもので、各国を代表する無作為抽出ではない点には留意が必要です。)

世界順位で見ると、タイは123カ国・地域中116位で、区分は最下位の「非常に低い」。世界平均488点・アジア平均477点をいずれも下回ります。ちなみに日本も96位・446点で同じ「非常に低い」区分にあり、英語が得意とは言いにくいのが実情です。英語だけを頼りにするのは、タイでも(そして日本人にとっても)簡単ではない、と考えておいたほうがよさそうです。

世界123カ国の英語力ランキングで見るタイの位置(EF EPI 2025)

EF EPI 2025 英語能力ランキング(全123カ国・地域)
▲ 全123カ国・地域の詳細ランキング(画像をクリックで拡大)

アジアの中で見ても、タイは下位グループにとどまります(参考:日本もアジア25カ国・地域中18位です)。

EF EPI 2025 世界地図(英語能力の5段階)

能力レベルごとに「どんなことができるか」の目安は、次のとおりです。

EF EPI 英語の能力レベルとできることの目安

タイも日本も、最下位区分の「非常に低い」です。これは「簡単な自己紹介や道案内はできるが、会議での議論や交渉となると難しい」というレベル感を表しています。だからこそ、現場での込み入ったやり取りや本音の会話は、英語だけでは届きにくいのです。

数字だけを見ると「英語はあまり通じない」と感じられるでしょう。ただ、この平均値だけで判断してしまうのは、注意が必要です。

英語が通じるかどうかは、職務や地域によって大きく変わります。まずは「職務」による差から見てみましょう。*14

職種(タイ・EF EPI 2025) EF EPI スコア
戦略・プロジェクト管理 522
オペレーション 519
営業 464
IT 459
経理・財務 394
技術・保守 388

これはタイの職種別スコア(EF EPI 2025年版)です。

職種によって英語力には大きな差が見られ、その差は130点以上に及びます。たとえば戦略・プロジェクト管理は522点、オペレーションは519点と高い一方、経理・財務は394点、技術・保守は388点と低めです。これは『その職種=英語で行う』という意味ではなく、職種によってスコアに差があるということです。配属先や相手の職種によって、英語でのやり取りのしやすさは変わってきます。タイは総じて英語が得意ではないため、最終的には相手次第になる場面も少なくありません。

とりわけタイの英語力は、職種によって最大134点の差。配属先や相手の職種によっては、タイ語の比重が高くなることもあります。

タイの職種別英語力スコア(EF EPI 2025)。戦略・プロジェクト管理522が最高、技術・保守388が最低で最大134点差。

次に「地域」による差です。こちらはタイ国内の実際のデータで見てみましょう。

地域(タイ・2024年版) EF EPI スコア
首都バンコク 465
中部(セントラル) 442
北部 399
東北部 396
南部 394

タイの地域別英語力スコア(EF EPI 2024年版)。バンコク465が最高、地方は394〜399、世界平均477。

さらに都市別に見ると、首都バンコク(465)が最も高く、地方の地域は394〜442(南部394〜中部442)にとどまり、国内でも70点前後の差があります。

つまり「英語で足りるかどうか」は、ご自身が誰と、どこで働くかによって変わってくる、と考えておくのが実務的です。

バンコク本社で管理職層とやり取りする方と、地方の工場で現場を預かる方とでは、必要な言語の重みがずいぶん違ってきます。

ちなみに、タイは日本企業にとって東南アジア最大の拠点でもあります。進出している日系企業は6,083社にのぼり(ASEAN最多)、在留邦人は70,421人と東南アジアで最も多く、バンコク日本人商工会議所の会員企業も1,671社を数えます。*5*6*7

これだけ多くの日本人が働いている一方で、「駐在員が何語をどこまで学ぶべきか」という基準は、意外と共有されていないのが実情です。

データで見る:日本語を学んでいるタイ人は、どのくらいいるのか

「日本語ができる現地スタッフを頼れば、言葉の問題は解決するのでは」と考える方も少なくありません。では、タイの方のうち、どのくらいが日本語を学んでいるのでしょうか。そして、実際に仕事で使えるのは、そのうちどのくらいなのでしょうか。

タイで日本語を学んでいる人は、約19万4千人います。世界でも有数に多い数です。ただ、これはタイの人口(約6,600万人)の0.3%ほど、およそ340人に1人という水準です。*3*4

タイの日本語学習者は人口の約0.3%(約340人に1人)。うち約8割は中等教育段階(中高生)の学習者。

しかも、その内訳を見ると、約8割は中等教育段階(中高生)の学習者です。

タイの日本語学習者(2024) 人数(構成比)
学習者総数 194,366人
初等教育(小学生) 7,460人(3.8%)
中等教育(中高生) 158,072人(81.3%)
高等教育(大学) 21,125人(10.9%)
学校教育以外(社会人など) 7,709人(4.0%)

そのため、ビジネスで通用するレベルまで日本語を使えるタイ人となると、さらに少数にとどまります。

「日本語ができる現地スタッフ」を前提にマネジメントを組み立てると、思わぬところで人手が足りなくなることもあるでしょう。

「ビジネスで通じる日本語」を持つ人は、さらに限られる

「学習者」の中でも、実際に仕事で使えるレベルとなると、話は変わってきます。日本語力の目安として広く使われるのが、日本語能力試験(JLPT)です。N1からN5の5段階があり、それぞれの目安は次のとおりです。

レベル 日本語力の目安 ビジネスでの位置づけ
N1 幅広い場面で使われる日本語を理解できる(最上級) 管理職・リーダー級も検討できる水準
N2 日常+幅広い場面の日本語をある程度理解できる 多くの企業が採用の最低ラインとする”ビジネスで通じる”目安
N3 日常的な場面の日本語をある程度理解できる 育成が前提。ビジネス文書や抽象的な表現はまだ難しい
N4 基本的な日本語を理解できる 生活レベル。日本語だけでの意思疎通は難しい
N5 基本的な日本語を少し理解できる 入門レベル

※「ビジネスでの位置づけ」はJLPT公式基準ではなく、実務上の一般的な目安としての整理です。

一般に、ビジネスで通用するのは最低でもN2、管理職として任せるならN1が目安とされます。なお、JLPTは「読む・聞く」を測る試験で、「話す・書く」は含みません。合格していても、話せるとは限らない点には注意が必要です。

では、タイでは各レベルを何人が受けているのでしょうか。2024年7月の試験では、次のような受験者数でした。*11

レベル タイの受験者数(2024年7月)
N1 1,078人
N2 1,989人
N3 2,848人
N4 3,792人
N5 3,177人
合計 12,884人

タイのJLPT受験者数(レベル別・2024年7月)

ビジネスの目安となるN2以上を受けた人は、1回の試験で約3,000人(N1 1,078人+N2 1,989人)。実際の合格者はさらに絞られ、推計で1,200人ほどです*13

「N2以上」に合格した人は、推計で約1,200人(受験者は約3,000人)。これはタイの人口 約6,600万人*12に対し、1回の試験で新たにN2以上に合格するのは約55,000人に1人*13という水準で、ビジネスで通じる日本語を持つ人は、ごくひと握りにとどまります。しかもJLPTは年2回・「読む・聞く」のみの試験ですから、”日本語で商談や面談ができる”人となると、さらに限られると言えます。

「N2以上」に合格したタイ人は約55,000人に1人(推計)。タイの人口 約6,600万人に対し、2024年7月のJLPTで新たにN2以上に合格するのは推計約1,200人。タイに存在するN2以上人材の総数ではない。

「日本語ができる人に任せればいい」という発想が難しいことは、この数字からも見えてきます。

もちろん、今の現地法人に、日本語が堪能で優秀なスタッフがそろっているケースは少なくありません。ここでお伝えしたいのは「日本語ができる人はいない」ということではなく、日本語だけに頼る体制は、母数が限られるぶん採用・配置の候補が狭くなりやすいというリスクがあります。母数が限られるため日本語人材は採用でも確保しづらく、退職や異動でひとり抜けると補充が難しい。今は足りていても、入れ替わりのたびに層が薄くなり、候補がさらに限られやすい——という企業は珍しくありません(程度は企業によって変わります)。

東南アジアの中で見ても、タイの位置づけは高くありません。下のグラフは、各国のN2以上合格者数(推計)を並べたものです。タイ(推計約1,200人)はベトナムやミャンマーを下回り、世界平均(1カ国あたり約1,100人)と同程度にとどまります。学習者数では世界有数でも、“仕事で使えるレベル”の層は、上位の韓国・台湾を下回ります(いずれも認定者数の推計)。もっとも、これも統計上の傾向で、企業がどの層とつながれるかは採用や育成の仕方によって変わります。

JLPT N1・N2認定者数の国別推計(2024年7月)。各国の受験者数×海外認定率による試算で、実際の国別認定者数ではありません。タイは推計約1,198人。

また、日本語で話せる相手が限られると、駐在員のやり取りが“日本語のできる一部のスタッフ”に集中しがちです。現場全体の実情が特定の人を通した情報としてしか入ってこず、本質が見えにくくなる。関係が一部に偏れば、いざというときに頼れる相手も限られます。これもそうなりやすい傾向で、避けられないわけではありません。

さらに、日本語を介せる社員としかやり取りできない状態が続くと、取引先・行政・現場スタッフと直接向き合える範囲が狭まり、駐在員自身が担える仕事の幅もおのずと限られてきます。日本人同士で固まりやすくなり、現地に溶け込む機会を逃しやすい、という面もあります。

いずれも「必ずこうなる」という話ではなく、企業や配属先によって程度は大きく変わります。それでも、“日本語ができる人に任せる”という前提だけに寄りかかると、こうした方向に傾きやすいのも確かです。だからこそ、駐在員自身が最低限の現地語と異文化理解を持っておくことが、長い目で見た組織の安定にも、ご自身の仕事のしやすさにも効いてきます。

場面で見る:タイのビジネスで、いつ英語・いつタイ語を使うか

ここからは、実際のビジネス場面ごとに見ていきます。以下は、公開データに加え、タイでの実務経験や異文化理解の知見を踏まえた一般的な目安です。企業の状況・相手・社員構成によって大きく変わります。「必ずこう」ではなく「こうなりやすい」という目安として捉えてください。

会議・本社報告・数字 → 英語で進みやすい

経営会議や本社とのやり取り、予算・KPIの共有といった場面では、相手が英語のできる管理職層であることが多く、英語で進みやすい傾向があります。これは職務そのものが英語という意味ではなく、職種によってスコアに差があるということです。社員構成によっては英語で十分に賄える場合もあります。ただしタイは総じて英語が得意ではないため、どの相手にも英語だけで通じると考えるのは危険です。

会議の進め方、数字の説明、メールの型を押さえておけば、大きな支障が出る場面は比較的少ないでしょう。とはいえ、相手の理解度や関係性によっては、補足の一言が効くこともあります。

工場の朝礼・安全指示・品質トラブル → タイ語が力を持ちやすい

製造現場は、また事情が異なります。朝礼での連絡、危険作業の注意喚起、不良の原因追及といった場面では、英語だけでは伝わりきらないことが少なくありません。

たとえば、ラインで不良が続いたときに、英語で「なぜ起きたのか」と尋ねても、担当者が理由を言葉にできずに黙ってしまう——といった場面は、決して珍しくありません。

原因の共有や再発防止を、たどたどしくてもタイ語で丁寧に引き出せると、改善のスピードが変わってくることがあります。安全に関わる場面では、なおのこと直接伝わる言葉が心強く感じられるはずです。

評価面談・1対1 → タイ語と”伝え方”の両方

評価やフィードバックの場面は、言語だけでなく、伝え方によって受け取られ方が変わってきます。

たとえば、期待に届かなかった点を伝えるとき。英語で直接的に指摘すると、その場では受け止めたように見えても、内心では納得しきれず、しばらくして静かに退職の相談が出てくる——といったことも起こり得ます。

指摘は1対1の場で、タイ語のやわらかい言い回しを交えて伝えると、受け止められ方が変わります。

ローカル顧客・取引先・行政 → タイ語が力になりやすい

地場の顧客や取引先、行政とのやり取りでは、英語だと商談が事務的に進みがちです。

一方、タイ語で世間話から入れると、相手が予算感や本当の優先順位を教えてくれることがあります。価格や納期の細かな調整でも、タイ語で話せる駐在員のほうが、情報や譲歩を引き出しやすい場面が少なくありません。

営業に携わる方にとって、タイ語は「できれば得」というより、競争力の一つになり得ます。

雑談・食事・根回し → 情報が流れる場

タイの職場は、サヌック(楽しさ)やサバーイ(心地よさ)を大切にする文化だと言われます。仕事の本音や現場の兆候は、会議室よりも、昼食や仕事終わりの一杯の席で出てくることが少なくありません。

「実はあのラインで困っている」といった声が、こうした場でこぼれることもあります。タイ語で少しでも会話に混ざれると、会議では上がってこない情報に触れられる機会が増えていきます。

語学だけでは足りない:カルチャーマップで見る日本とタイの「ずれ」

海外赴任では、任期の途中で帰任に至ることも起こります。その背景には、語学だけでなく、現地の文化になじめない・現地スタッフとの関係づくりがうまくいかない、といったつまずきによるものも一因です。だからこそ、言葉と同じくらい、文化の“ずれ”を理解しておくことが効いてきます。

ここまで英語とタイ語の話をしてきましたが、実は語学スキルだけでは、うまくいかないことがあります。

異文化理解を専門とするエリン・メイヤー氏は、文化を「氷山」にたとえています。海の上に見えている部分(言葉や振る舞い)は、文化のごく一部にすぎません。

その下には、価値観や考え方といった、目に見えない大きな部分が沈んでいて、見える言動を支えている——という考え方です。

語学は、この氷山の”海面上”にあたります。言葉が話せるようになっても、”海面下”にある相手の価値観が読めないと、私たちはつい自分の常識で相手を判断してしまいます。

ここに、すれ違いの原因が潜んでいます。だからこそ、語学と異文化理解はセットで身につけていくことが大切です。

その”海面下”を見取り図にしたのが、エリン・メイヤー氏の「カルチャーマップ」です。マネージャーが意識しておきたい8つの指標(コミュニケーション/評価/リード/決断/信頼/見解の相違/スケジューリング/説得)で、各国の相対的な位置づけを示したフレームワークです。*8

日本とタイを重ねてみると、いくつかの発見があります。
※以下のタイの位置づけは、このカルチャーマップの8指標をもとに、INSIGHT ACADEMYが独自にプロット・分析したものです。

実は「似ている」ところが多い

日本とタイは、意外に近いとされる指標が少なくありません。

どちらも、はっきり言わずに含みで伝えるハイコンテクスト寄りで、否定的なフィードバックは間接的に伝える傾向があるとされます。信頼は関係ベースで築かれ、対立は避ける方向。上下関係を重んじる階層主義寄り、という点も共通しています。

「同じアジアだから、感覚が近い」と感じやすいのは、このためです。ただ、この”近さ”が、かえって油断につながることもあります。

けれど「ずれる」ところにこそ注意

似ているからこそ、少数の”ずれ”が見えにくくなります。とくに次の点は、実務で摩擦になりやすいポイントです。

決断(合意で決めるか、トップダウンで決めるか)。日本は稟議に代表されるように、関係者の合意を積み上げて決める傾向があります。一方タイは、上司が決めるトップダウン寄りとされます。日本式に「みんなで意見を出し合って決めよう」と進めると、現地では戸惑いが生まれ、かえって物事が進みにくくなることがあります。

スケジューリング(時間を厳密にとらえるか、柔軟にとらえるか)。日本は時間や納期を直線的・厳密にとらえる傾向が強い一方、タイは比較的柔軟だとされます。日本と同じ時間感覚を前提にすると、納期や段取りでストレスを感じやすくなります。バッファを見込んだ設計や、こまめな確認が助けになります。

リード(階層)とクレンチャイ。タイは階層主義が強く、加えて「クレンチャイ(相手への遠慮・気遣い)」という感覚があります。そのため、部下は上司に「できません」「わかりません」と言い出しにくいことがあります。英語で「Understand?」と尋ねれば「Yes」と返ってきても、実際には伝わっていない、というすれ違いは、ここから生まれます。

正しいタイ語で話していても、相手の沈黙や「Yes」を日本の常識で受け取ってしまうと、意図はすれ違ったままになります。

逆に、こうした”海面下”を理解していれば、多少ことばが拙くても、相手の反応を正しく読み取り、適切に対応できるようになっていきます。語学スキルだけでは足りず、異文化理解が鍵になる——というのは、まさにこの意味においてです。

ここで紹介した8つの指標と、日本を含む主要国の位置づけは、無料資料「カルチャーマップ(65カ国版)」でまとめて確認できます。各指標で自国と相手国がどこに位置するのかを一覧でつかんでおくと、実務での判断がぐっと楽になります。

カルチャーマップ(65カ国版)無料資料

INSIGHT ACADEMYの独自分析:現場のプロが読み解く「タイ人の国民性」

INSIGHT ACADEMYでは、このカルチャーマップの8指標に独自にタイを含む30カ国をプロッティングし、日本との違いを定量・定性の両面から分析した資料「カルチャーマップ タイ編」を公開しています。そこには、元タイ富士ゼロックス副社長で、延べ1,500人以上のタイ赴任前研修を行ってきた山下雅史氏による考察が加えられています。ここでは、その要点を紹介します。

山下氏はタイ人の国民性を、「温暖な気候と豊かな風土が育んだ、対立を避け、人との和を重んじる気質」と表現します。多民族で国を形成してきた歴史も背景にあると山下氏は見ており、争いや摩擦を避ける傾向が強く、面子(メンツ)や人間関係をとても大切にします。日本人がタイ人を「のんびり・お気楽」と感じる一方、タイ人は日本人を「せっかち・生真面目」と見る——これは優劣ではなく、”お互いの個性”だと認め合うことが出発点です。

この国民性は、実際のビジネスの場面にもはっきり表れます。

たとえば評価や指導。タイ人は面子を重んじるため、人前で厳しく叱責されることを嫌います。会議で部下のミスをストレートに指摘したところ、その場は収まったのに、数日後に静かに退職の相談が出てきた——そんな例も、決して珍しくありません。厳しいフィードバックは1対1で、やわらかく。ただし曖昧すぎると「褒められたのか叱られたのか分からない」となるため、YesとNoははっきり伝えるのがコツです。

意思決定もタイはトップダウンが基本で、特にオーナー企業ではトップの判断が最優先です。日本式に「みんなで合意して決めよう」と進めても、現場はかえって戸惑います。ローカル企業との商談でも、キーパーソン(トップ)への直接のアプローチと関係づくりが、成否を大きく分けます。

そして最も大切なのが信頼です。タイには「家の窮屈は我慢しても、心の窮屈はいや」という諺があります。職場の人間関係の良し悪しを、給与以上に重視するということです。仕事の話だけの関係では、本音は出てきません。昼食や休憩の雑談で、日々スタッフの体調や近況を気遣う——その積み重ねが、いざというときに情報や協力を引き出す土台になります。また、会議で正面から反対せず、本音は会議のあとに個人的に出てくる(「マイペンライ(気にしない)」に象徴される対立回避)のも、この気質ゆえです。会議での沈黙や「Yes」を、日本の常識で”合意”と受け取ると、あとで食い違いが生じます。

山下氏はこうしたマネジメントを「タイ人の心を掴むマネジメント」と表現します。「この企業なら」「この上司なら」ここで働きたい——そう思わせる環境と人間関係づくりこそが、タイ人マネジメントの核心だ、というわけです。言語だけでなく、こうした国ごとの”勘所”を体系的に押さえておくことが、現地での信頼構築と成果を大きく左右します。

タイの8指標の詳しい位置づけと、山下氏による指標ごとの考察は、無料資料「国別カルチャーマップ タイ編」にまとめています。タイビジネスで日本との違いにどう向き合えばよいかを、より深く確認できます。

タイ以外の国についても、国別のカルチャーマップを順次公開しています。赴任先が決まったら、その国の指標と日本との違いを、着任前に押さえておきましょう。

国別カルチャーマップ 一覧

AI翻訳や通訳があっても、自分でタイ語を学ぶ理由

近年は、AI翻訳や翻訳・通訳サービスが急速に広がっています。たとえばAI通訳機「ポケトーク」は累計出荷が130万台を突破し*9、機械翻訳の市場も拡大が続いています*10。「これだけツールが充実しているのなら、自分でタイ語を学ばなくてもよいのでは」——そう感じる方も少なくありません。

たしかに、こうしたツールはとても便利です。定型的な案内や、資料のざっとした理解、日常のちょっとしたやり取りであれば、十分に助けになります。

また、ご自身の語学力がまだ十分でない場面では、通訳の方に入っていただくのも、有効な選択です。重要な契約交渉や、専門的で細かい内容のやり取りでは、無理をせずプロの力を借りるほうが安心なこともあります。

ただ、AIや翻訳・通訳だけでは補いきれない部分があるのも事実です。評価面談や信頼関係づくり、機微を含む交渉といった場面は、機械でも人を介しても、意図やニュアンスが伝わりにくくなることがあります。実際、EF EPI 2025のレポートでも、信頼を築いたり相手の理解を確かめたりする場面では、AIによる代替は難しいと指摘されています。*1

ですから、大切なのは「学ばなくてよい」ではなく、「学ぶ範囲を最適化する」という発想です。ツールに任せる部分と、自分の言葉で伝える部分を上手に切り分ける、と考えると、ツールがあっても自分で少しずつタイ語を身につける意味が見えてきます。

ご自身で学ぶことには、次のような利点があります。

信頼は「自分の言葉」から生まれやすい。通訳を介した会話は、どうしても一段よそ行きになりがちです。現地スタッフやお客様は、たどたどしくても自分の言葉で話しかけてくれる相手に、心を開きやすいものです。

本音は、機械や第三者を挟むと出にくい。評価面談や込み入った相談ほど、間に誰か(何か)が入ると本音が言いにくくなります。二人だけのやり取りで、初めて出てくる情報があります。

スピードとニュアンスが保てる。現場の細かな指示や、とっさの雑談は、翻訳を待っていては間に合いません。ちょっとした言い回しやトーンも、訳を挟むと失われがちです。

誤解に早く気づける。訳をそのまま受け取るだけでなく、相手が実際に何と言っているかが少しでも分かると、すれ違いの芽に早く気づけます。

異文化理解が深まる。言語を学ぶ過程で、その国の考え方や価値観(先ほどの”海面下”の部分)にも自然と触れられます。

AIや通訳は「重要な場面を確実にこなすための道具」、自分の語学は「日々の信頼と関係を育てるための土台」。役割が違うと考えると、両方を上手に使い分けていくのがよさそうです。

「英語ができる人」だけで判断すると、優秀な人材を逃す

ご自身が英語はできるけれど、タイ語はできない——この状態が続くと、実は知らないうちに、人の見方が偏ってしまうことがあります。

たとえば、現地スタッフを採用するとき。つい「英語ができる人」を選びがちになります。昇進や登用でも、英語で意思疎通できる人を上に上げたくなる。自分が英語でしかやり取りできないと、それがいちばん楽だからです。

けれど、英語ができることと、仕事ができることは、必ずしもイコールではありません。英語は得意でなくても、現場を的確に回せる人、交渉が上手な人、人望が厚い人は、たくさんいます。

英語というフィルターだけで人を見てしまうと、そうした「本当に優秀な人材」を、最初から候補から外してしまいかねません。

ご自身がタイ語を身につけていれば、このフィルターを外せます。英語ができるかどうかにかかわらず、実力や人柄で人を見極め、採用し、登用できるようになります。

現地語を学ぶことは、単なる語学の話ではなく、人材の見極めと登用の幅を広げること——つまり、海外ビジネスを成功に近づける一つの鍵だと言えます。

同じことは、「日本語ができる現地スタッフ」にも当てはまります。先ほど見たとおり、日本語を話せるタイ人はごく限られています。日本語ができるかどうかで人を選ぶと、母集団はさらに狭くなります。

日本語という物差しだけに頼るのではなく、こちらが現地の言葉に歩み寄ることで、選べる人材の幅はぐっと広がります。

結論:英語とタイ語を「どこまで」学べばよいか

ここまでを踏まえ、役割ごとの、現実的な到達目安をまとめます。あわせて、すべての役割に共通して、異文化理解を少しずつ重ねていくことをおすすめします。

役割 英語の目安 タイ語の目安
全駐在員(共通) 会議・報告・メールができる(未習得ならまず優先) 挨拶・数字・「ありがとう/助かります」などの関係語彙、現場の頻出語(短期間でも優先して身につけたい範囲)
工場・生産 管理職との実務会話 現場指示・簡単な確認・雑談ができる
営業・顧客対応 商談の基本 顧客・取引先と関係を築ける会話、価格や納期の調整
管理職・長期駐在 交渉・議論 面談を受ける、褒める・正すのニュアンス、相談に乗れる

大切なのは、完璧を目指しすぎないことです。「タイ語はゼロでよいか」ではなく、「自分の役割で、どこまで持てれば困りにくいか」で線を引いていく。

多くの方にとって、まず効果を感じやすいのは、英語の底上げと、タイ語の”レベル0→1″(関係語彙と現場語彙)、そして少しずつの異文化理解の積み重ねです。

独学よりも「駐在特化・語学+異文化理解」の伴走が近道になりやすい理由

タイ語には声調があり、独学では発音が崩れて通じにくくなることがあります。また、現場の指示語や面談の言い回しは、市販の教科書には載っていないことも少なくありません。

加えて、赴任準備に割ける時間は限られています。

こうした事情から、ご自身の役割や配属先に合わせて範囲を絞り、担任がつき、日本語でも学べる伴走型のほうが、近道になります。

「工場のライン長として最低限」「営業として顧客と雑談できるまで」といったように、目的から逆算してカリキュラムを組めば、限られた期間でも実務に効きやすくなります。語学と異文化理解をあわせて学べる環境であれば、なおのこと安心です。

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出典

*1 EF EPI 2025(Signum International AG) https://www.ef.com/epi/

*2 IIBC・ETS「2024 Report on Test Takers Worldwide(TOEIC Listening & Reading)」 https://www.iibc-global.org/hubfs/library/default/toeic/official_data/pdf/Worldwide2024.pdf

*3 国際交流基金「2024年度 海外日本語教育機関調査」 https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/result/information.html

*4 タイ内務省登記管理局(2023年末人口 66,052,615人) https://www.thaich.net/news/20240212ag.htm

*5 JETRO「タイ日系企業進出動向調査2024年度」 https://www.jetro.go.jp/world/reports/2025/01/32a9472f08549876.html

*6 外務省「海外在留邦人数調査統計(2024年)」 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_01645.html

*7 バンコク日本人商工会議所 https://www.jcc.or.th/

*8 エリン・メイヤー『THE CULTURE MAP』 https://erinmeyer.com/ / インサイトアカデミー「カルチャーマップ(65カ国版)」 https://client.insighta.co.jp/download/culturemapthailand / 「文化の氷山モデル(カルチャーアイスバーグ)」 https://client.insighta.co.jp/download/iceberg

*9 ポケトーク株式会社(累計出荷130万台突破) https://pocketalk.jp/

*10 機械翻訳市場(Mordor Intelligence) https://www.mordorintelligence.com/ja/industry-reports/machine-translation-market

*11 日本語能力試験(JLPT)「2024年 第1回(7月)結果の概要」(国際交流基金・日本国際教育支援協会) https://www.jlpt.jp/statistics/pdf/2024_1_9.pdf

*12 タイ国家統計局(NSO)公表の人口(2024年:約6,600万人。国際交流基金2024年度調査では65,981,659人)

*13 【計算式】N2以上 合格者(推計)= N1受験者×認定率34.4% + N2受験者×認定率41.6%(認定率はJLPT公式「2024年第1回 結果の概要」海外の値)。タイ:1,078×34.4%+1,989×41.6%=371+827=約1,200人。人口との単純比較(参考)=人口 65,981,659÷約1,198≒約55,000人に1人(=1回の試験で新たにN2以上に合格する人の人口比。タイに存在するN2以上人材の総数ではない)。国別も同様に N1受験×34.4%+N2受験×41.6% で試算。

*14 EF EPI 2025 タイ 職種別スコア(Scores by job function)|EF English Proficiency Index 2025, Signum International AG https://www.ef.com/wwen/epi/regions/asia/thailand/

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